海の近さと山の”低さ”が決め手!絶景低山の宝庫、日高エリアで低山トラベル

日本各地の歴史や文化を辿って低山を歩き、ローカルのおもしろさを伝えてくれる低山トラベラーの大内征さんが、和歌山県の中部に位置する日高エリアを探訪。その豊富な経験に基づいた独自の視点から、低山を中心とした日高エリアの魅力やモデルコースを紹介いただこう。

 

文と写真:低山トラベラー 大内 征

まるで公園の広場のような真妻山の頂。あまりの気持ちよさゆえ昼寝にはご注意を

 

目次

低山で“再発見”する地域の魅力と山の楽しみ方
海の近さと山の“低さ”が魅力の和歌山県「日高エリア」
重山(かさねやま)263m
海のそばにある急登低山は、まるで天然のジェットコースター!

西山(にしやま)328m
海岸線を歩いて目指す“アサギマダラの谷”と展望の山

真妻山(まづまやま)523m
日高富士の名に恥じぬ絶景と、うっかり長居する芝生の山頂!

日高の日常は、ぼくら旅人の非日常。それを求めて、また旅に出る

 

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低山で“再発見”する地域の魅力と山の楽しみ方
 ここ十年で、低山に関心をもつ人が飛躍的に増えたように感じる。ちょっと昔なら、登山といえば「遠くの高い山に登る」ことをイメージする人が多く、せっかくの週末をわざわざ近場の山や低い山に費やすなんてもったいない、といった意見を耳にしたものだった。数日間におよぶ有給休暇ともなれば、なおさらのことだろう。できれば日本アルプスや北海道、屋久島といったところの憧れの高山に行きたいという山好きならではの気持ちは、ぼくにだって多少はある。

 ところが、新型コロナウイルスの影響によって遠出を控えなければならなくなったことをきっかけに、近場の自然に目を向ける人が現れ始めたことで、低山をあらためて評価するひとつの“機運”となった。以来、ふたたび遠出ができるようになった現在でも、身近な自然や低山に向けられる熱い視線は衰えることなく、新たな登山の楽しみ方として静かに定着しつつある。この流れ、低山を盛り上げる活動をする身としては嬉しい限りだ。

 ひとことで低山とはいっても、その人ならではの視点次第で楽しみ方は無限である。絶景好きはもちろんのこと、いくつものピークをつなぎあわせて縦走する人もいるし、植物や野鳥や珍しい昆虫を追い求める写真愛好家もいる。条件の限られた雲海の出現や朝陽夕陽を狙うのもいい。歴史的な記憶や文化的な痕跡を探索するフィールドワーカーも、ロングトレイルとか街道とか信仰の道をコツコツ歩きつなぐハイカーも、峠や山城にこだわる戦国時代ファンも、ピークに縛られず自由に山を楽しんでいい。定番のことなら、山ごはんや地元のグルメ、酒、温泉、ジオ系、漫画や映画などの聖地巡礼などなど、枚挙にいとまがない。

 単に登山をするだけではなく、山と麓をセットで楽しむ歩き旅。こういうことができるのだから、やはり日本の低山はいいなあと思う。はたして行動範囲はどんどん広がるし、年齢的にも長く続けていけると思うのだ。自分の熱中できる視点から、地域の魅力を自主的に発見していく山の旅が、ひいては“地域再発見”へとつながっていくと、ぼくは考えている。

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海の近さと山の“低さ”が魅力の和歌山県「日高エリア」


重山から見下ろす由良湾の絶景。この“低さ”がいい感じ


和歌山県の日高エリアは、そんな低山と麓の歩き旅をセットで楽しめる絶好のフィールドである。紀中の中核を担う御坊市をはじめ、美浜町、日高町、由良町、印南町、みなべ町、日高川町という自然豊かな七つの市町で構成されており、海と山と町との距離がとにかく近いのが特徴だ。

 東には奈良方面へと続く重厚な山並みが奥深くへと続いており、一部を除けばそのほとんどが標高1000mに満たない、いわば“低山”である。西には複雑な海岸線を有し、徳島との間にある紀伊水道に突き出した地形にはハイレベルな絶景スポットが目白押し。人の暮らしが密集する日高平野は御坊の市街地を中心に広がっており、控えめながら山間と海辺にも人の営みがある。いい風土、いい風景だ。

 それらに加え、山の標高のほどよい“低さ”にも注目したい。つまり、山から眺める海とか町とかの風景が本当に近くて、それがかえって壮観さを生んでいるのだ。これこそが日高エリアの低山の大きな魅力だといえる。

 さらには、登山前や下山後のお楽しみにも事欠かない。地元の人がふだんから利用する町中華や喫茶店のモーニングは、まさにここの“日常”が体験できる絶好の機会。他所からやって来るぼくら旅人にとっては初体験ばかりの“非日常”なのだから、こうした場所に寄り道をしない手はないだろう。

 ということで、日高エリアを代表する絶景の低山三座とそれぞれの寄り道スポットを共有していこう。どれもこの地域を代表する山であり、日高のキホンともいえるコースである。これから日高を訪れる際の参考になれば嬉しいし、なによりこれをきっかけとして自分オリジナルの視点で楽しみ方を見い出してもらえたら、もっと嬉しい。

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重山(かさねやま)263m

海のそばにある急登低山は、まるで天然のジェットコースター!

重山の山頂手前にある見晴台より。見よ、この絶景を!

 

 由良町の重山は海のそばにあるオムスビのような形をした山で、標高263mとなかなかの“低さ“だ。しかし山頂はいきなりの急登に挑まなければならず、甘く見ると面食らう。とはいえ、がんばって登った先には、驚くばかりのご褒美が待っている。とくに見晴台は絶景中の絶景で、ここから由良湾一帯の風景を見れば疲れも一気に吹き飛ぶだろう。

 山頂には重山観音が祀られている。慈覚大師こと円仁さんが山麓に建てた白雲山海宝寺という寺院が、時を経て山頂に移ってきたという。立派な寺だったらしく、ときの哲仙和尚が西国三十三番の札所を決める日に朝寝坊してしまって間に合わず、選から漏れたという話が伝わる。このことから「朝寝山」と呼ばれるようになり、いつしか転訛して「かさねやま」となった。諸説ありそうな由来だけれど、個人的にこういう話はとても好き。ちなみに、その慈覚大師は第三代の天台座主であり、ぼくの故郷の東北に重要な寺院や霊山をたくさん開いたお方。ここでその名を見るなんて、なんだかご縁を感じてしまう。

 登山コースは、蔦嶋近くの駐車場を起点に、西側の登山口から一気に登り、東側へと一気に下山する。まるでシェットコースターのような周回で、YAMAPの記録によれば、行動時間は正味2時間程度の短時間集中ハイク。難しい道はないものの、下山に使った東のルートは植物が生い茂っていたから、念のため長袖と長ズボンは必須。手袋とサングラス、そしてお守り代わりにトレッキングポールがあると、身を護るのに役立つだろう。


白崎海洋公園から、夕陽に照らされた重山とキラリ輝く月の姿

 

 それはそうと、海から太陽が昇る東北の太平洋側で育ったぼくにとって、西に海がある土地にはちょっとした憧れがある。それと同時に、なぜ太陽が海に沈むのだろうと、子どもながらに不思議に思ったことがあった。川の流れもまた同じで、日本海側の県では西へ流れていくことに違和感を覚えたものだった。いま思い返すと、そもそもどうして子どものぼくに“方角”がわかっていたのか、そっちの方が疑問だけれど。まあ、そんなピュアな感性を持っていた時代もあったということか。

 重山の見晴台から、西日に照らされる由良湾と紀伊水道の交わる凪いだ海を眺めているときに、ふとその当時の記憶が蘇ったのだった。風景には、眼前に広がる現在の風景と、眼前の風景から想起する過去の風景とがあるんだなあと、当たり前のことに合点がいく。


紀伊由良駅からほど近くの食堂「満来軒」のちゃんぽん。とろうま!

 

 由良町での寄り道なら、登山の前後に町中華がおすすめだ。地元名物の「由良カツ丼」か「由良ちゃんぽん」のどちらかは食べておきたいところだけれど、別口で食べた天津飯もハイレベルだったことを書き加えておきたい。きっとなにを食べても美味しいのだろう。個人的にチェックしたのは「大川」「孫悟空」「満来軒」といった食堂。営業時間は事前に調べておくべし。

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西山(にしやま)328m

海岸線を歩いて目指す“アサギマダラの谷”と展望の山


西山はなだらかな山上が特徴。歩いてきた煙樹ヶ浜と御坊市を一望

 

 美浜町と日高町にまたがる西山は、紀伊半島最西端の日ノ岬にかけてなだらかな山地を形成している、標高328mの低山だ。山上にある「西山ピクニック緑地展望舎」から見下ろすのは、煙樹ヶ浜と日高平野の圧巻の眺め。夕陽の名所でもあり、さらに夜景の様子は六甲山地の掬星台からの眺めにそっくりなのだとか。そういわれてみれば、煙樹ヶ浜を大阪湾に置きかえて見立てると、そんな風に見えなくもない。

 西山という山名は、これといって明確な由来がわからなかった。しかしながら、美浜町の象徴・煙樹ヶ浜の「西にある山」くらいが山名の由来ではないかなと、勝手ながら推測する。正しい由来をご存じの方は、ぜひ教えてほしい。


喫茶みはるのメニュー。すべて食べたくなるその中身は……行ったときのお楽しみ!

 

 登山コースは、紀州鉄道線の西御坊駅を起点にする。煙樹ヶ浜に沿って1時間ほど海を眺めながら歩き(これがまたいい!)、御崎神社の先から林道を利用して登るのがおすすめ。整備されているため比較的歩きやすく、道に迷うリスクが小さい。行動時間は3時間もあればのんびりと往復することが可能だ。

 このコースで行くなら、西御坊駅近くの「喫茶みはる」でモーニングをいただこう。気になるメニューばかりで朝から頭を抱えることになるけれど、食事はどれも美味しいし、お店の雰囲気も地元感があってとても好感がもてる。いつか全メニューを制覇したい。朝が難しいなら、下山後にランチで寄るという手もある。そのときは、西山をたっぷり歩いてお腹を空かせておくべし。


例年10月中旬に見ごろを迎えるアサギマダラ

 


おびただしい数のアサギマダラが“谷”を舞う。撮影日は10月26日

 

 アサギマダラにも触れておきたい。春から夏にかけては日本を北上し、秋になると南の島へと南下することから“旅する蝶”と呼ばれている。たった数グラムの体で数千キロを飛ぶ、神秘の蝶だ。ここ西山でマーキングしたアサギマダラが、台湾を飛び越えて香港まで到達したという記録があるという。東北や関東あたりで見るアサギマダラとは、また違った感慨がある。

 山頂付近に小さな“谷”があり、そこに植えられたフジバカマをお目当に、たくさんのアサギマダラが飛来する。まさしくそこを「アサギマダラの谷」と呼び、シーズンになるとカメラを構える愛好家や見物客も蝶と一緒になって迷い込んでくるのだ。これぞ秋の西山の風物詩である。

 例年10月半ばころがシーズンらしい。ぼくが訪れたのは10月後半で、ややピークを過ぎてしまっていたものの、それでもたくさんのアサギマダラが谷を舞う幻想的な光景に恵まれた。あきらめずに行ってみるものだ。

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真妻山(まづまやま)523m

日高富士の名に恥じぬ絶景と、うっかり長居する芝生の山頂!


青い海と空の展望が魅力の真妻山。思わずカメラを構える絶景だ

 

 日高エリアの低山の中で、おそらく一番名の知られている真妻山。印南町と日高川町にまたがる標高523mの山で、その整った山容から「日高富士」とも称されている。周辺に同等以上の高さをもつ山がなく、山頂からの眺めは遮るもののない360度の大展望を楽しむことができる。

その風景の中に、西山、煙樹ヶ浜、日高平野を簡単に見つけることができるだろう。南に霞むのは田辺市と白浜町あたりだろうか。東側には矢筈岳が存在感を示し、同じ方角のずっとずっと奥の方には日高川の源流たる護摩壇山と和歌山県最高峰の龍神岳が控えている。日高エリア一帯を欲しいままに眺望できる、なんとも素晴らしい山頂だ。ファンが多いことも頷ける。

 特徴的なのは、広い山頂がまるっと芝生に覆われていることだろう。青空の下で弾けるように輝く緑が鮮烈すぎて、サングラスがないとまともに下を向くこともできない。太陽の熱を受けたホクホクの芝に寝そべると、うっかり寝てしまう気持ちよさだ。下山の時間に支障が出るといけないから、寝落ちにはしっかり注意しよう。


山頂は広いものの、隠れる場所がないことは頭に入れておきたい

 

 ところで、この山に降り立った女神を丹生都姫命(にうつひめのみこと)という。高野山と深い関わりをもつ丹生都比売神社に祀られる神であり、高野山を開いた空海と真言密教の守護神でもある。丹生都姫命に敬意をこめた美称が「真妻」だったことから、降臨の地であるこの山が真妻山と呼ばれるようになったそうだ。

地図を広げてみると、真妻山と丹生都比売神社が鬼門と裏鬼門の位置関係にある。降臨の地と遷座の地。なんの確証もないけれど、真妻山の放つオーラはなにかを感じさせる。


幽玄な「涼みの滝」で気分をリフレッシュ

 


静かに白糸を垂れるような「25mの滝」は厳かな雰囲気

 


神秘的だけど開放的な「大滝」は必見。ぜひ立ち寄りたい

 

 登山コースには、滝の見どころが多い。大滝川森林公園の駐車場を起点に、まずは「涼みの滝」を目指そう。アサギマダラの西山を擁する日高町で生まれた念仏聖・徳本上人が修行を行ったという初行洞窟を経て、絶景の山頂に至る。この登りで使う道を上人道というそうだ。

 下山は観音堂跡に向かい、厳かな「25mの滝」を経て、ハイライトのひとつ御瀧神社へ。ここは不動明王が祀られる「大滝」が見事で、素晴らしい雰囲気に満ち満ちている。無事の下山に御礼をしたら、林道を歩いて起点の駐車場に戻る。反時計回りの周回で、およそ6時間の充実の山行になるだろう。

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日高の日常は、ぼくら旅人の非日常。それを求めて、また旅に出る


田辺市の護摩壇山を源流とする日高川。二級河川としては日本最長を誇る

 

 川のある風景から、その土地本来の姿を知ることが多い。日高川が、これまたよかった。同じ和歌山県にある田辺市の護摩壇山を源とし、日高エリアを蛇行しながら貫く、たくさんの支流に恵まれた県下第三の川だ。日置川や有田川などとともに鮎釣りが盛んなことでも知られ、河岸にはオートキャンプ場や道の駅、日帰り温泉が点在する。こんな美しい日高川沿いの車旅やツーリング、楽しいに決まっているではないか。

 旅の帰り、たまたま居酒屋で居合わせた地元の人に、日高の日常風景の素晴らしさを感想した。暮らしている人にとってはいつもの風景だからねぇと笑っていたけれど、ここでの日常は、他所の人にとっては非日常なのだ。目にすることすべてが初めての体験であり、旅先で触れるあらゆる風土が愛おしく感じてくる。

 知らない土地の変わらない日常を目撃できることが、すでに奇跡的なことなのかもしれない。そう考えると、もっともっと旅をしようと思えてくる。知らない土地を訪ねる旅もしたいし、気に入った土地を繰り返し訪ねる旅も、もっとしたい。

 旅の締めくくりに一杯やりながら、よい旅をさせてくれた日高エリアの地元の毎日が、日日是好日たらんことを願う。そしてぼくら旅人にとって、ここは日日是好“日高”であることに感謝をして、近い未来の日高再訪に思いを馳せた。

筆者

大内征(おおうち・せい)
低山トラベラー/山旅文筆家

歴史や文化を辿りながら日本各地の低山・里山をたずねる歩き旅を通し、自然の営み・人の営みに触れるローカルハイクの魅力を探究。高山のピークハントだけではない“知的好奇心をくすぐる山里の歩き旅”の楽しさを、文筆・写真・講演などで伝えている。

2016年よりNHKラジオ深夜便「旅の達人~低い山を目指せ!」に出演。2022年よりLuckyFM茨城放送「LUCKY OUTDOOR STYLE~ローカルハイクを楽しもう~」の番組パーソナリティを担当。NHKBS「にっぽん百名山」では雲取山、王岳・鬼ヶ岳、筑波山の案内人として出演した。その他、テレビやラジオのゲスト出演をはじめ登山誌・一般誌・新聞などの寄稿・連載、登山講座や低山のスタディツアー講師を務めるなど、精力的に活動中。著書に『低山トラベル』(二見書房)シリーズなどがある。NPO法人日本トレッキング協会常任理事。宮城県出身。

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